ごみだまろぐ

甲虫屋のネガティブ日記

台湾採集行 2日目

さて、この日から本格的な採集開始だ。高鐡の台中駅に向かい、予約していたレンタカーを借りた。

車の運転は2週間ずっとH先輩にまかせっきりだった。本当にお疲れ様でした。


台湾は日本と違い車両は右側走行である。しかも交通マナーが悪いと専らの評判だ。私は、運転するわけでもないのにすっかり怖じ気づいてしまっていた。

我々が乗った車は、数時間かけて今回の採集地のひとつである場所に向かった。

高速道路(FREEWAY)から見た、台中のまちなみ。台湾は田舎、という勝手なイメージを持っていた私にとって意外な光景だった。


途中でクワガタやカナブン類を採集するためのバナナを買い、ようやくその場所に到着した。

ここは温泉街で、よくわからない店やホテル、コンビニが道沿いに立ち並んでいて、日本ではなく東南アジアの街並みという感覚だった。


さっそく宿に向かい、宿泊の手続きをしたのだが、宿の支配人が中国語しか話せないようで、交渉には大変な苦労を要した。私は中国語はニーハオとシェシェくらいしか分からず、何もできなかった。もう少し中国語を話せるようにしておくべきだったと思ったが、後の祭りである。


なんとか宿泊部屋をもぎ取ることに成功し、部屋を案内された。浴槽をちょっと覗いたが、思いのほか汚く、げんなりした。ベッドまわりは綺麗だった。


宿を出て、メインの採集地となる林道に向かった。少し人里離れた場所にあるが、林道の奥には人家だか畑があるようで、車の往来は1時間に1,2台あった。

環境はだいぶ開いていて、ほんの少し乾燥気味だった。花が咲いている様子はほとんどなかったが、その代わりに立ち枯れがぽつぽつと点在していた。

林道を少し進んだところで、手ごろな立ち枯れが道のすぐわきに生えていたので、待ってましたとばかりに樹皮をそっとめくった。



……かなり乾燥していた。虫の影などひとつもない。それでも魅力的な立ち枯れだったのでついつい樹皮をめくる手が止まらなかった。

すると、何かが木の根元のほうにころころと落ちていったのが見えた。大慌てでつかむと、それはふつーのミツギリゾウだった。これが今回の甲虫第一号だった。ふつーのミツギリゾウだから写真は撮っていない。


結局この立ち枯れから得られた虫はこれだけ。さらに林道を進むと、かなり良さげな倒木がごろんごろんしている場所に着いた。

これは、これは、この倒木を命にかえてでもじっくりと調べねばなるまい。さっそく道具を手に取り……としたところで、H先輩の声が響いた。


「ネブトだ!」


言い忘れていたがH先輩はネブトクワガタに相当な愛と情熱を注ぎ込んでいる。今回の採集行も、台湾のネブトクワガタが第一の目標だったらしい。
それをこんなにも早く見つけてしまうとは。

その件のネブトクワガタは、倒木のそばに立っているご立派な大木のウロに入っているらしく、数分の格闘ののち、採集することができた。ネブトクワガタとしては日本ではなかなか見れないサイズの、立派なタイワンネブトクワガタAegus laevicollis formosae だった。

私はそれを傍目に倒木を思いっきりひっくり返すと、棲家を暴かれて右往左往するアリの集団の中に、甲虫の姿を見つけた。私にはそれがエグリハナムグリの一種に見えた。野生のエグリハナムグリなんて、日本では逆立ちしても見ることができない。条件反射のように、手を伸ばす。

手を、伸ばす、と、その瞬間に、指先に激痛が走った。


「痛った〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


なんじゃこりゃ。物凄く痛い。痛いなんて言葉じゃ形容し切れないくらいに痛い。いたた。

刺されてから、この痛みをもたらしたものの正体にようやく気付いた。


アリだ。熱帯には毒針を持ったハリアリの仲間が多種棲息していることは知っていたけれど、まさかこんなにも身近にいるとは思わなかった。
実はこのアリを一目見たときから「ハリアリっぽい」とは思っていたのだが、本当にハリアリだとは真剣に考えなかったのだ。ああ、痛い。


それでも、私の手は例の甲虫をむんずとつかむことに成功していたのだ。





コカブトだった。



なんなんだろうこの感覚は。

台湾のコカブトか。さすがに日本のとは別種だろう。というか別種であってほしい。

でも、コカブトか……。


倒木をアリに注意しながら少し崩すと、今度こそ本物のエグリハナムグリが出てきた。やった。本当にえぐれている。10回なでなでしたあと毒ビンに入れた。


結局倒木からはこれくらいしか出てこなかった。本当に良さそうな倒木だっただけに残念だ。


林道をどんどん進むと、ちょっと開けているところに出たので、ここでしばらく各自の採集をすることに。

私は林道わきの植物をひたすらビーティングした。


すると、落ちる落ちる。さまざまなヒゲブトハムシダマシ(ヒゲブトゴミムシダマシ)が。日本なんてせいぜい1,2種くらいしか普段目にする機会がないが、ここではしばらく叩いただけで7,8種のヒゲブトハムシダマシが落ちた。


台湾やばいぞ、やばい。素晴らしい。


ところで、ゴミムシダマシにはゴミダマという愛くるしい略称が付いているのに、ヒゲブトハムシダマシには何も略称らしい略称が付けられていない。
せいぜいヒゲブトハムダマとか、ヒゲブトゴミダマとか言われているくらいだ。それでも、ゴミムシダマシという文字列よりも長く、略称とは呼びづらい。

それでは何と呼べばいいのか。これらを採集しながらひたすら考えた。ヒゲダマ。なんか嫌だな。妙に男性的だ。ブトダマ。語感が悪いな。ブトって、吸血昆虫じゃないんだから。


次の瞬間、頭に一筋の閃光が走った。


ゲブダマ。これだ。これしかない。「ゴミダマだけど、ゴミダマじゃないような」という怪しい立ち位置を、響きで完全に表現している。お前は今日からゲブダマだ。ずっとゲブダマと呼んでやる。


こうして日本では考えられないような多種のゲブダマを採集し、ほくほくの成果のまま、日暮れへ。

ようやくお待ちかね、ナイターの時間だ。


台湾でのナイター。見たこともない虫がバンバン飛んでくる印象しかない。さあ来い。すごい虫来い。


ライトを点灯すると、すぐさま蛾が何匹も寄ってきた。どれも、日本で見たことあるような、ないような、そんな模様をしている。

綺麗な模様をしているなと思ったが、日本にもこんなものがいなかったっけ。


しかし、思ったより甲虫の飛来は悪い。はっきり言うと、あまり飛んでこない。数十分に1回、思い出したようにコメツキやコガネムシが飛んでくるくらいだ。

結局今日は最普通種のクワガタである、フタテンアカクワガタProsopocoilus astacoidesを筆頭にコガネムシやコメツキを数種確認して、ナイターは終わった。本当に泣いた。


その後は街灯回りをした。街灯回りといえばクワガタ屋のイメージがあるが、ゴミダマも来ることがあるので、同行した。

ここではタイワンヒラタクワガタやミヤマヒラタクワガタDorcus kyanrauensis、タイワンシカクワガタRhaetulus crenatus crenatus(この日はメスしか見れなかった)などが見れた。ゴミダマも少しではあるが来ていた。


余談ではあるが、台湾では採り子という昆虫採集を商売にしている人間が存在し、特にクワガタ採集の街灯回りでは、彼らとの勝負になることは必至だ。

要するにどちらが先に街灯を見回れるか、という非常に悲しい戦いだ。
それほど、クワガタという昆虫は非常に人気で、よく売れるのだろう。

しかし、クワガタと違い、ゴミムシダマシが市場で人気だという話はあまり聞かない。

見栄を張ってしまった。残念な話だが、ほとんど聞かない。
高い値段のゴミダマを標本を見ることはままあるが、それは(昆虫全体から見て)よほど珍奇な形状をしているか、あるいは単純に希少性の問題かどちらかである。

ゴミダマであるということに価値を見出している人は少ないようなのだ。

何が言いたいかと言うと、採り子はゴミダマを採らないだろうということだ。

たったこれっぽちのことかと思う人もいるかもしれないが、普段の採集で精神をとがらせているので、この事実?は気持ちをやわらげるのに大いに役立った。


さて、街灯回りを終わらせて宿に戻る。ここで、また問題が。


H先輩が入浴している間、私は何をするわけでもなく茫としていたのである。

すると、部屋の壁を何かが高速で動くのが見えた。


目を凝らすと、ヤモリである。


福岡でも家の壁にヤモリが貼りついているのは見かける。そこまで珍しいことでもない。



ふ、と床に視線を戻すと、黒く小さな影が。


目を凝らすと、ゴキブリである。


恥ずかしい話だが、我が家でもゴキブリは出る。むしろ、ゴキブリが出ない家の方が珍しいのではないか。


あまり気に留めずに、ボヤボヤしていると、どうも視界の隅でもぞもぞしている影がいる気がする。
それでも、おそらく気のせいであろう。今日一日でだいぶ疲れてしまったのだ。はやく寝たい。


同行者のAがふいに話しかけてきた。




「おい成田、ネズミがいる」



誰がネズミやねん、などと思いながら指差す方を見ると、ありゃ確かにネズミだ、先輩のかばんの上でうろうろしている。

ネズミなら福島の実家でも出るし、まあそう気にすることでもないか……と思いかけたが、おかしくないはずがない。実家は相当なボロ家だぞ。築何年だと思っているんだ。

ネズ公に荷物を荒らされちゃたまらんな、と思いながら、カバンのファスナーを閉め、ベッドに横たわると、いつの間にか眠りに落ちてしまった。