ごみだまろぐ

甲虫屋のネガティブ日記

対峙と覚醒 後編

先日の採集記の続き。


野母商船より、お客様へご連絡です。……」

港のターミナルのアナウンスで目を覚ました。時刻は10時30分ほど。もう、福岡行きのフェリーの案内がとっくに開始している時間だ。
帰るならすぐに受付へ直行……のはずが、先ほどの後ろ向きな考えはどこかへさっぱりと飛んで行ってしまったようだった。

とにかく、このまま成果なしで帰ることは許されない。絶対にゴトウトゲを採って帰るのだ。必ず落としてやる。先ほどの暗い自分が嘘のようだった。

そんなことばかり考え、港を出ると、原付のエンジンを入れた。最初にすべきことは、まず原付のエンジンオイルを買うことだ。オイルが切れて、原付が壊れてしまったのではどうにもならない。

残量を気にしながらホームセンターへ直行した。本来ならば、原付のエンジンオイルなどというものは、バイク専門店で買う物である。なぜなら、専門店で買った方が、多少値は張るものの、質が良いので、エンジンが長持ちするらしい。粗悪なものは、エンジンにすすが溜まりやすいらしい。原付を購入する時に、店員から教えてもらったことだ。しかし、本日は日曜日で、バイク専門店が開いていない可能性が高く、ホームセンターで買わざるを得ない状況であった。

幸いなことに、ふだん買っているオイルが売っていた。少し値段が高かったが、我儘を言ってはいられない。オイルを買い、隣接しているスーパーで、昼食とバナナトラップの材料を買った。
バナナトラップは、マイマイカブリDamaster blaptoidesを採集するためのものだ。ご存知であると思うが、福江島マイマイカブリは、ことのほか大きくなる。だから、採集してみたかったのである。
しかし、この夏枯れで活動しているとは思えなかった。しかも急ごしらえのバナナトラップでは、本当に採れるかどうか疑問だった。

今回は、昨日目をつけていたポイントではおそらく期待はできないだろうから、少し標高が高めのG岳で採集をすることにした。


G岳に到着し、バナナトラップを仕掛けるためと、下見のために軽く登った。
ほとんど植林がなく、環境は素晴らしい。ただし、やはり乾燥気味であり、不安が生まれた。
途中から道が分かりにくくなっており、木に目印なども付いていないため、夜に登り続けると遭難しかけるだろう。

トラップを仕掛け終わり、時計を見ると、現在時刻は15時ほどであった。ひとまず夜になるまで港に戻り、寝ることにした。



ぐっすり寝ていたら、警備員のおじさんに無理やり起こされた。辺りはずいぶん暗く、時計は20時頃を指していた。しまった、寝過ぎた。

大急ぎでG岳に向かった。真っ暗であったが、無事に迷うことなくたどり着くことができた。

G岳の登山口では電灯がついており、虫がたくさん集まっていた。しかし甲虫の数は少なかった……。死骸はたくさん転がっているのだが、どれもかなり古いものだった。おそらく、最近は飛んできてはいないのだろう。

申し訳程度に、ライトに来ていたゴモクムシダマシPedinus japonicusをつまみ、さっそく登山。


倒木や立ち枯れには、キュウシュウキマワリや、ホソクビキマワリStenophanes rubripennisがたくさん張り付いていた。しかし、パッと見る限りでは、ゴトウトゲの姿はない。バナナトラップを確認していくが、どれもかなり大きいカマドウマだけがたかっていた。マイマイカブリだけではなく、カマドウマも大きくなるのかな……と思うくらい、大きい個体が多かった。

最後のバナナトラップを確認したが、これも空振りであった。ゴトウトゲも依然としてみることができなかった。うーん、これだけ頑張っても採れないとは……なかなか難しい虫だ。

しかし、ここであきらめるわけにはいかない。しばらく登山道から外れて探すことにした。


しばらく探索していると、地面低くに細い枯れ枝が伸びていることに気付いた。あんな細い枝、ゴミダマがくっついているはずがない。一瞬でそう思った。しかし、意思とは裏腹に、ゴトウトゲがいないか探してしまっていた。おそらく、あまりにも採れないものだから、採集の亡霊のような感じになっていたのであろう。

そしてそこに、小さくて黒い影があった。キュウシュウキマワリよりもホソクビキマワリよりも小さく、初めて見る形だった。
これは、ゴトウトゲかもしれない!








ゴトウトゲだ!!!!!


思わずため息が漏れた。ようやくこの努力が報われた。ここまで長い道のりだった……。

見たところ♀のようだった。♂も欲しいので、夜明けくらいまでずっと探していたが、見つからなかった。

しかし、これで帰れる!



港に着き、フェリーを待っていると、友人から、長崎に来て、一緒にご飯でもどうか?との誘いが携帯を通じて来た。

疲れていたので少し迷ったが、せっかくなので長崎に行くことにした。春に長崎に行ったとき、雰囲気が良いと思ったので、観光するのも悪くないかなと思ったからだ。

原付を五島の港に置いて、ひとり長崎に渡った。

友人と一緒に食事をし、いろいろな店をまわった。
採集しない旅行というのもなかなか悪くないものだった。この虫を採らなければいけない!というプレッシャーは、思いのほか精神に来るのだろう。
しかし、やはり遠くの山が気になってしまうのは、虫屋の性か。

長崎で一晩過ごし、次の日になり、ようやく福岡に帰ってくることができた。いやいや長い旅だった。おつかれさまでした。


欲しい虫が採れたのでよかった。こういう喜びは、虫屋を続けていくうえで失いたくないものだ。