ごみだまろぐ

甲虫屋のネガティブ日記

対峙と覚醒 前編

現在、虫屋としての目標として、九州のMisolampidius属のゴミムシダマシを全種制覇することを掲げている。

そして残すところは、3種となった。その3種とは、

ゴトウトゲヒサゴゴミムシダマシ Misolampidius gotoensis (五島列島に産する)

ヤクヒサゴゴミムシダマシ Misolampidius yakushimanus (屋久島に産する)

イリエヒサゴゴミムシダマシ Misolampidius iriei (屋久島に産する)

何のために全種制覇などという目標を立てているのかというと、純粋に自己満足に過ぎない。
もちろん、採っていくうえで学ぶことはたくさんある。生息環境や、個体数、どのような場所にいるのか、など……。

しかし、言いたいのは、採っていくうえで学ぶということだ。学ぶために採るのではない。
ただ、一回自分の目で野生の姿を確認したい、それだけのことだ。

他の勉強熱心な虫屋と比べると、私は、いくぶん不真面目というか、虫を採る動機が単純すぎるということになるのだろうか?


※今回も例のごとく写真がありません


土曜日の日付が変わるだろうかという頃、私はひとりで五島列島福江島行きのフェリーに乗った。言うまでもなく、ゴトウトゲヒサゴゴミムシダマシMisolampidius gotoensis(以下、略称ゴトウトゲ)を採るためだった。

ゴトウトゲはナガサキトゲヒサゴゴミムシダマシMisolampidius clavicrusに非常に近い仲間であるそうだ。

以前にこの種を採った経験から、おそらく低地で採れるのだろうと予想し、計画を立てた。


次の日の朝9時になり、ようやく福江に到着した。フェリーを降り、今回の採集の相棒となる原付(今回はひどいことをしてしまった……)に跨り、島の山々を見渡すと、どこもかしこも植林だらけでぞっとした。

針葉樹の植林には驚くほど虫が少ない。つまり、採集の場所としては最低中の最低なのだ。


まず、目を付けていたポイントであるRダムに到着。ここは集落の奥まった場所にあるダムで、非常に道に迷いやすい場所にあった。夜中にちゃんとこれるのか心配になった。

ぶらぶらとダム沿いの道を歩いて、下見をした。

林道は非常に乾燥していて、虫が異様に少ない。環境も植林地帯がまだらのように存在していて、良いとはいえなかった。

こりゃあダメかな、でもヒサゴだしこんな環境でもいるんじゃないのかな、などと思案していると、にわかにダム入口が騒がしくなった。

自分の原付が何かの邪魔になっているのかなと思い、向かってみると、ダムの水量調査の方々が来ていただけだった。
その方々と話し、やはりここ数週間は雨が降っていないこと、マムシとマダニが多いから気を付けろとの言葉をいただいた。いらぬ心配をかけそうだったので、夜中に来るつもりであることは言わなかった。


次に、別のポイントである、Wダムの下見に向かった。ここもダムであるが、どうやら公園のようになっているようだった。
着いて、あたりを見回すと、乾燥しているわ、植林が多すぎるわでかなり微妙だった。
しかし、ダムの奥に伸びている林道の、さらにその奥には広葉樹の二次林があり、倒木や立ち枯れ、キノコがたくさんあるので、そこは少し期待できそうだった。
幸いにもそのダムには電灯があり、下に虫の死骸が散らばっていたことから、夜中に点灯することがうかがえた。


時計を見るともう昼の12時をまわっており、お腹がすいていたので、昼ごはんを兼ねて今日寝泊まりする場所の選定に向かった。

信号機のない道路をひた走っていると、「道の駅」の看板があった。これは非常にありがたいではないか!道の駅で野宿するのは常識中の常識、王道中の王道だからだ。立ち寄ってみると、屋根の下にベンチがあり、寝るには困らなそうだ。

ともかく、これで泊まる場所は決まったようなものだ。五島特有のコンビニ「RIC」に寄り、昼ごはんを買った。コンビニの下でご飯を食べていたのだが、島民の視線が痛くて痛くて仕方がなかった。


ご飯を食べ終わった後は、最後のポイントの下見に向かった。このポイントは標高が低い山になっており、近くに自衛隊の基地があることから、そう環境は悪くないようだった。

……と思い、出発したのだが、これがなかなかたどり着けず、途方に暮れてしまった。その山まで直で行ける道がなく、農道なのか何なのかよく分からない道をたくさん曲がらなければならず、方向音痴の自分にとっては無理難題であった。結局、山にはたどり着けなかったが、伐採地と良さそうな森を見つけ、そこを夜にまわることにした。


これで下見は終わったのだが、時間はまだ15時くらいで日暮れまで猶予があったので、2つめに訪れたポイントであるWダムに向かい、日が暮れるのを待った。


気が付いたらもう夜になろうとしていた。まわりはずいぶん暗くなったが、電灯がまだ点いていない。休日はつかないのかな、と思ったが、よく調べたところ電灯をつけるためのスイッチがあった。
この電灯で日が完全に暮れるまで待とう、と点灯させたところ、ものの見事に死にかけのようなオレンジ灯が点いた。

言葉を失ってしまった。


案の定バッタくらいしか来ず、げんなりして林道に突っ込んだ。この林道は湿気が少し保たれているし、これはゴトウトゲがいるだろう!と挑んだのだが……


見事にスカを食らってしまった。なぜ?

おそらく時期が悪いのだろう。なぜなら、この林道には、ゴトウトゲはおろかキュウシュウキマワリPlesiophthalmus nigrocyaneus aeneusとヒゴキノコゴミムシダマシPlatydema higoniumくらいしかいなかったからである。


すっかり意気消沈して、Rダムに向かった。途中の集落内では、お盆だからか花火を焚いている家が多かった。

集落を過ぎると、ダムに伸びる道がひたすら続いていた。街灯などあるはずなく、月の明かりだけが不気味に木々を照らしていた。
途中に分かれ道がいくつもあり、うっかり気を抜いたらすぐに迷ってしまうだろう。以前は昼間だからこそ迷いはしなかったが、今はどうだか分からない。頼れるものは、自分の消えかかっている記憶と、原付のライトだけであった。

ふといつの間にか道がかなりの砂利道になっており、うっかり転びそうになった。いや、ダムに着くまでに何回か砂利道は通るのだが、こんなひどい悪路であったか?

それでもしばらく進むと、「○○林道第一支線」との看板が。昼間は、こんな林道を通らなかったはずだ。しまった、どこかで、道を間違えたか。

とりあえず、その場でUターンをすることにした。おそらく車であったなら、進むしかなかっただろう。

だが、下がひどい砂利道でのUターンは、結構神経をつかうものである。その時、たまっていた疲労からか、うっかりアクセルを強く入れすぎてしまった。

本来なら、問題ない強さであっただろうが、下は砂利であった。


気が付いたときには、原付もろとも横倒しになりかけ、猛スピードで林道脇の崖に突っ込もうとしていた。

死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ本当に死ぬ!!!!やばい!!!!!!


全力で、バランスを崩した原付のハンドルを切り、なんとか崖から落ちまいと頑張った。

そのおかげか、無事に落下はしなかったが、完全に原付が倒れて、その衝撃で今度は自分が数メートル吹き飛ばされてしまった。
不幸なことに、そこの地点は坂道のようになっており、自分はごろごろと下まで行ってしまった。


(いてててて……あれ?あんまり痛くない)


幸運なことに、自分はカスリ傷ひとつ負っていなかった。よろよろと起き上がると、リュックの中身がぶちまけられていたことに気付いた。せっせと中身を戻していると、ぶちまけていたものはリュックの中身だけではなかったことに気付いた。


原付は無事に林道上で倒れていたのだが、その原付のまわりがどうにもオイル臭い。しかも、エンジンオイルの残量を警告する灯りがピコピコと点滅しているではないか。


もう、絶望しかなかった。辺りは恐ろしいほど真っ暗で、月の明かりは頼りなさげに木々の梢を照らすだけ。人の気配などあるはずもなく……。今までひとりで何回も採集に行ってきたが、ここまで心細さを覚えることはあっただろうか?

とりあえず、原付を起こし、安全な場所に移した。煙草を一本吸うと、いくぶん落ち着きを取り戻した。あらためてまわりを見回すと、なかなか良い環境であった。ヘッドライトを取り出し、少しゴトウトゲを探してみたが、影も形もなかった。ゴトウトゲどころか、キュウシュウキマワリくらいしか本当に見つからないのである。


もう分かっていた。この島が、ひどい夏枯れにさらされていることに。環境のせいではなく、時期のせいだということに。

ゴトウトゲは珍品なのか?いや、そんなことはないだろう。ではなぜここまで苦戦しているのかというと、これは時期が悪い、としか考えられなかった。

もうだめだ、これは、もう帰ろう。またリベンジに来ればいいだろう。そんな後ろ向きな考えばかりが頭をよぎり、この林道をあとにしてしまった。


その後はもうポイントをまわることはせず、まっすぐ道の駅に向かい、ベンチの上で横になった。

しばらく寝ていたが、蚊の猛攻に起こされてしまい、24時間営業のファミリーレストランに入って、悲しい夜を明かした。

朝になるとそそくさと店を出て、そのまま港に向かった。

船が出るまでには時間があったので、港内の椅子で座っていると、急に眠くなってきた。
当たり前といえば当たり前だ。昨日から、おそらく5時間も寝ていないのだから。

もう帰ろう。疲れた、こんな島には二度と来たくない、はやく帰って寝たい……そんなことを考えながら、横になっていたら、深い眠りに落ちてしまった。